2017年3月12日 平成28年度修了式


 次の文章は、らんふぁんぷらざを終了し、今年の4月から大学に通うことが決まった人が、今年度の修了生に送った言葉です

 

 こんにちわ。初めまして。本日は宜しくお願いします。

たくさんお話を聞いたり、発表したりで疲れてきている頃かな、と思います。少し長くなってしまうのですが、もう少しお付き合い下さい。

 私は小・中・高、すべて公立の学校に通ってきました。そして4月からは中央大学に通うため、一人暮らしを始めます。

 らんふぁんに初めて来たのは小学校2年生の時でした。小学校入学後、1か月で「学校が怖い」と私が言い出したため、両親がどうにかしようと思って辿り着いたのが『らんふぁん』だったと、実は最近聞きました。

 私は今も昔も変わらず記憶力が悪いので、正直覚えていないことも多いのですが、今まで生きてきた18年間で、小学校低学年の自分が一番困っていた、というのは確かです。

 何が困ったのかと言えば、「何が怖いのか分からない」ことでした。自分でもわからないから、もちろん親や学校の先生に伝えることなんてできませんでした。

 しかも私は『学校には行かなくてはいけないし、行きたい』と思っていました。今考えれば、『どうしても嫌なら行かない』という選択肢も全然アリだったと思います。でも私は『みんなと一緒』が良かった。周りには色々なタイプの人がいて『私以外にも困ったり、悩んだりしている人がいるんだなぁ』と気付いたのは、かなり最近です。

 私が通っていた小学校は人数が少なく、ほとんどの人が同じ中学を選ぶため、新しい人間関係をつくってみたいと思ったのと、多くの部活があることに魅力を感じた、学区外の人数の多い中学を選びました。その中学校には支援級があって、休みたいときに行って使わせてもらう、という風にしてもらっていたのですが、普段のクラスから抜けて支援級に行き、また戻るということ自体が、『なるべく目立たず、なるべく普通に』が目標だった私には、なかなか合わず、結局ほとんど使わずに終わってしまいました。

 高校受験では、塾や家庭教師などは使わず、自宅の学習で乗り切りました。学校見学での生徒さんの雰囲気が良く、自分の学力・内申でも無理がないなと思えた第一志望の高校に合格することができました。

 高校生活は本当に楽しかったです。卒業してから毎日のように『もう一回JKやり直したい!』と思っているし、毎日顔を合わせていた友達と会えなくなるのが寂しくて、春休み中に会う約束をたくさんしました。自分と同じくらいの学力の人達の中で過ごすということは、勉強面だけではなくて、毎日の生活にも良い影響があったなと思っています。

 また、高校生活では自分の様々なことに気付く機会が多くありました。生徒会執行部員として行事の運営に関わったり、バイトをしたり、テスト勉強をしたりしている内に『自分は初めてのことに対する不安感が大きく、慣れるまではずっと緊張し続ける』タイプなんだということが分かってきました。小学校のときの『怖い』も、次に何が起こるか分からない不安のようなものが関係していたのかもしれません。

 そして「私って、人より記憶力が悪いのかも」と気付いたのも高校です。学校帰りに友人とその日の授業内容の話になって、彼女がその授業で初めて習った語句をスラスラ言うからびっくりして、「よく覚えているね」って言ったら、彼女「まぁ、さっきやったからね」って言ったんですよ。『嘘でしょ!?信じられない!』って思いました。だって私は授業で1回聞いただけでは、例え理解していても覚えられないし、数分前のことでも結構簡単に忘れてしまうから。

 そういえば確かに、小さい頃から人の名前を覚えるのは苦手だったし、暗記するのも人より時間がかかっているような気はしていたけれど、そこまでの自覚はなかったので本当に驚きました。なんせ記憶力の悪い私が、昨日のことのように思い出せるんだから、相当の衝撃でした。

 でも『心配性だ』ということも『記憶力が悪い』ということも、自覚してからは対処できるようになりました。不安だったら他の誰よりも念入りに準備したらよい。忘れたくないことはそこら中にメモしたらよいし、暗記が苦手なら毎日覚え直せば良いんです。そう思えるようになってから、私が弱点をカバーして過ごしているように、普通にしているように見えるみんなだって、たぶん色々な『苦手』を持っているんだと気付きました。

 私が大学受験に『指定校推薦』を選んだのも、このような弱点を分かっていたからです。もう忘れてしまったこれまでの内容を含む、高校3年分の勉強をして一般受験に臨むより、人より早くからテスト勉強を始めて、良い点を取って成績をキープする方が、私には合っていると思いました。ちなみにキッカケはもう1つあって、高校2年生の12月に行った嵐のライブで、私の大好きな二宮くんが最後の挨拶で話したことなので紹介させて下さい。

 「やらないってゆう選択肢はすぐ簡単にできるし、投げ出しちゃえばそれで終わるけど、毎日同じことをやる、宿題をやる、同じと思っててもずーっとやり続ける。そうすることで自分の中に、選択肢が増えていくんだと僕は思ってます。」

 このライブの帰りには、「二宮くんがかっこよかった」と号泣しながら『勉強嫌いだし、やりたいことは見つからないし、テスト範囲が広すぎて毎回泣きたくなるけれど、次のテストも本気出す。そして推薦をとる』

と決めていました。キッカケなんてそんなものだし、今だって正直、将来何をしたいかなんて決まっていません不安はもちろんあるけれどでも大学生活は楽しみです。

 長く話してきましたが、苦手なことやできないことがあるのは自分だけじゃなくて実はかなり多くの人がそれぞれ困った部分と付き合って過ごしてて、私みたいなやつもどうにか生活しているので、今何か自分の弱点に悩まされていても、『そんなに心配することないよ』ということが伝わっていたらうれしいです。

 今日、少しだけらんふぁんでのことを思い出しました。紙コップピラミッドしか覚えてなかったんですけど、家にまだかざってある年賀状が、『ああやって作ったものだった』こととか、若い櫛田先生と活動したことも思い出せました。皆さんの発表のおかげです!

 これで私の話は終わりです。ありがとうございました。

 

 

2016年3月12日 平成27年度修了式

らんふぁん祭りの狙いはこれだ!!

●夏祭り 音楽活動での臨床的意図

 音楽活動では3つの曲を扱いましたが、一曲目は、みんなの気持ちをほぐすために、あとの二曲は具体的な目標を設定して行いました。

 「テキーラ」

今回は、通常の「らんふぁん」では顔を合わせない初めてのお友達とも皆で参加できる活動を考えました。子供たちの気持ちの発散という目的もあり、ラテンの『テキーラ』という躍動感のある曲で合奏を行いました。楽器も普通ではあまり見かけない、コンガ・ジャンベ・アゴゴ・ギロ、等楽器を使い、子供たちに自然に興味を持ってもらえる様にしました。

 音に敏感な子がいるかもしれないことを考慮(音量調節)し、楽器担当とかけ声担当の二つのグループに分けました(途中で役割交代)。楽器担当の子には好きな楽器を選び、自分なりに音楽を感じ演奏してもらいました。かけ声担当の子には「テキーラ!」という言葉を発声してもらいました。互の演奏を聴き合う、ということも目的の一つにしました。

 大きな声でかけ声をかけたりするお子さんがいる一方、静かな音で楽器を演奏するお子さんも見られ、子供一人一人がその子なりの参加をしていた様に感じました。先生方の関わりもあり、全体的には楽しい雰囲気の中で演奏ができたのではないかと思います。

「花は咲く」

東日本震災復興ソングです。

ここでは、あえて見通しをもって活動できるように、楽器や歌の練習をしました。

 楽器の人は、自分の役割を持つ、ということが目的にもなりますが、全員の前に出る、ということや、同じ楽器を持つ人と合わせて鳴らす、という自主性・協調性などの社会性を経験してもらうことになります。

 また、前に出なくても、全員で同じ歌を歌うことでその場の一体感を感じられることは音楽ならではの効果です。

 前に出た子供たちは音積み木という楽器を5人で一音ずつ奏でました。ツリーチャイムを二人で順番に鳴らした人、ハンドベルを順番に鳴らした人がいました。とても集中してピアノの伴奏に合わせて音を出してくれました。そして、サビの部分は皆が気持ちよさそうに声を出してくれました。

 ミュージックセラピーでの音楽の使い方は、「その人らしく」が、原則です。

「みんなで合わせながらも、自分自身を出す」のがミュージックセラピーなのです。

 

●夏祭り SST的な狙い 

 プログラムは個人の作業から、3つのグループ、次は2つのグループに分かれて、最後には全員で共有する形を取りました。

 この結果、最初は、はじめでのメンバーで緊張して借りてきた猫のようだった子どもたちも、徐々に人間関係が広がっていき、最後には仲良しの子を見つけそれぞれに話をしている様子が見て取れました。

 少しずつ安心できる空間を広げていったことで、

 当初の狙いだった「仲間と楽しめる経験」を積めるようにしました。

 

●夏祭り アート的な狙い

 リテラシーにもつなげられながら、実際に作品を作ることのできるものは何かということで今回は初めての試みとして藍染に挑戦してもらいました。

 藍染をするためには、絞り(輪ゴムかける、ひもで絞るなど)ができないができなければなりません。今回は、目と手の協応動作が苦手な子もいると言う前提で、できないからやらない、と言うスタンスではなく、苦手でもやって見たら意外にも素晴らしい作品になるということを体験してもらいたかったのです。

 実際、「どうせ、おれなんか」「もういいよ」と思っていた子どももいましたが、仕上がりを見たら意表を突くようなすばらしい作品になり、本人も喜んでくれて、教えた側としてもうれしく思いました。

 これこそが藍染めの良さであり、アートを作る喜びです。こういった経験を日ごろから積み重ねてあげさせたいと思っています。

 

○夏祭り 個別指導的狙い

 これまで、ほかの子どもたちとは一切触れ合っていなかった個別指導を受けている子どもたちが、他の子どもたちと出会い、安心できたらいいと思っていました。

 当日は、子どもたちがみな、すごく張り切ってくれてよかったとです。らんふぁんにはいろんな人がいる、自分だけではないのだという仲間意識を得てほしいと思っていたので嬉しく思いました。